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浦和地方裁判所川越支部 昭和54年(ワ)177号 判決 1985年1月17日

原告

春原節子

右訴訟代理人

田中重仁

山田泰

被告

小野田仰

右訴訟代理人

丸山正次

福島武

主文

一   被告は、原告に対し、金一九六万〇四四八円及び内金一六四万五四〇八円に対する昭和五二年一一月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二   原告のその余の請求を棄却す る。

三   訴訟費用は、これを五分し、 その一を被告の負担とし、その 余を原告の負担とする。

四   この判決は、第一項に限り、 仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一診療の経過

1  原告が昭和五〇年八月七日午前一〇時三〇分ころ、原動機付自転車を運転、走行中、埼玉県所沢市上新井所在の交差点において、普通貨物自動車と衝突して転倒し、右足首に傷害を負つたこと、そこで、原告は、直ちに、右事故発生場所に近い被告病院に赴き、被告との間で右傷害につき診療契約を締結し、同病院に入院したことは、いずれも当事者間に争いがない。

2  <証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

原告は受傷後直ちに被告病院に赴いたが、右来院時原告は胸部打撲、左肘部打撲などを訴えたほか右足首足背部に縦に長さ約五センチメートルの挫滅創があり、皮膚、皮下組織及び周囲の筋膜が挫滅しているとともに、砂や砂利が付着して汚染され、静脈及び小血管から出血し、骨髄からと思われる脂肪分を含んだ血液も出ていたうえ、触ると局所痛を訴える中等度の腫れがあつたところから、被告は、右足部挫創、胸部・左肘部打撲創及び右足部の骨折の疑いと診断するとともに、右局所を石けん水で洗滌し、汚れた組織をブラシなどで除去し、局所麻酔をして三針縫合し、包帯を巻いたうえ、更に、局所の感染防止の抗生物質であるパラフランs、消炎剤のキモタブン、消炎兼鎮痛剤のインダシン、健胃剤のYM散などを投薬したほか、右足患部のレントゲン撮影を指示した。

翌八日、右レントゲン撮影がなされ、その結果原告が右足距骨複雑骨折の傷害を受けていることが明らかとなつたが、患部には前記創傷による炎症、腫脹があるところから、被告は患部のギプス固定の方法をとらず、包帯固定の方法をとり、以後ガーゼ等の交換による創傷の治療を続けていたところ、原告本人から申し出があつたため同月二一日原告を退院させたが、その際被告は原告に対し三日に一回位通院するように指示したのみで、患部の免荷に関してなんらの指示を与えなかつた。

その後、原告は、同月二四日及び同月二七日、更に同月三一日と被告病院に通院して治療を受けたが、右三一日にはいまだ若干の浮腫と熱感は残つていたものの創傷の状態が良くなつたので、被告は、同日患部のレントゲン撮影をするとともに原告の右下腿から右足趾部までギプス固定をした。

その後、原告は、昭和五一年四月一日までの間、被告病院に通院を続けて右距骨骨折について診療を受け、更にその後、他の病院に入院などして右骨折の治療を受けたが、右骨折は完全には治癒せず、昭和五二年一一月一七日、右足が筋肉の萎縮により下腿の周径で左足より2.5センチメートル短縮したほか、左足関節の背屈、底屈の運動域が七〇度であるのに対し右足のそれは一〇度で、ほとんど強直状態にあつて、常時踵の高い履物を必要とする等の後遺障害を残したまま症状が固定するに至つた。

二被告の責任

原告は、被告が昭和五〇年八月三一日まで原告の右足距骨骨折の存在を見落し、骨折に対する観血的整復ないし保存的治療等早期かつ適確な治療を受ける機会を失わせ、仮りに骨折の存在を見落していなかつたとしても、右のような治療を行なわなかつた点において過失ないし注意義務違反がある旨主張する。

被告が原告の受傷部位につき包帯固定をしたのみで、昭和五〇年八月三一日まで専ら創傷の治療にあたり、創傷の状態が良好となつた右同日に至つて初めてギプス固定をしたものであることは、前記認定のとおりであるが、被告が原告の右足距骨骨折を見落した事実のないことはこれまた前記認定のとおりであるうえ、<証拠>及び鑑定人大久保行彦の鑑定の結果を総合すると、複雑骨折の場合、化膿菌、破傷風菌、ガス壊疽菌等に感染しやすく、それらに感染すると、治癒が遅れるうえ後に大きな機能障害を残すので、受傷後はまず右感染の防止について最大の努力を払い、次に骨折そのものに対する治療に移ることが望ましいのみならず、観血的整復も偶発事故や手術による化膿、骨髄炎を起すことが考えられるほか手術時に骨癒合に重要な骨折血腫を流出させるとともに、骨膜、筋その他の軟部組織を損傷することにより偽関筋形成の可能性を大きくする虞れがあるところから、観血的整復は最後の手段として考えるべきであり、またギプス固定も新鮮時に行なうと激烈な疼痛、急激かつ強度の骨萎縮を生じ、そのため頑固な長期にわたる腫脹と歩行時の疼痛を招きやすく、観血的整復とともにむしろ有害な治療法といえる場合もあることが認められ、そうだとするならば、被告がそれらの点を考慮し、原告に対し昭和五〇年八月三一日まで観血的整復ないしギプス固定を行なわなかつたことをもつて直ちに被告の過失ないし注意義務違反とすることはできないものといわざるを得ない。

しかしながら、前掲証人大久保行彦の証言及び鑑定の結果によると、原告の傷害が距骨骨折である以上、昭和五〇年八月二一日原告を退院させるにあたり、被告としては、患部の固定方法としては効果のほとんどない単なる包帯固定ではなく、少くとも副木を当てるなどより効果のある固定方法を採つたうえ、患部に荷重負担をかけないよう松葉杖を使用させる等免荷の方法について指示を与えるべきであつたことが認められるところ、前記認定事実によると、被告は原告の退院に際し、右のような処置をなんら採らなかつたことが明らかであるから、それらの点において本件診療に関し被告に過失ないし注意義務違反があつたものといわざるを得ない。

なお、原告は、被告が退院させるべきでないのに原告を退院させたことが過失ないし注意義務違反であるとも主張する。前記認定事実関係及び証人大久保行彦の証言によると、八月二一日原告を退院させたことは時期尚早といえなくもないが、同退院は原告からの強い申し出によるものであることが前記認定事実から明らかなところであるから、右時期に退院を認めたことをもつて、被告の過失ないし注意義務違反とすることはできない。

しかして、<証拠>及び鑑定によると、距骨骨折は稀に生ずる骨折で、一般に距骨各関節面の不適合による変形性関節症と骨体部の無腐的壊死に因り足の荷重による疼痛や足関節可動性制限等の機能障害の残りやすい傷害であることが認められるから、原告の前記後遺障害は、交通事故と被告の前記診療上の過失ないし注意義務違反との両者によつて生じたものとみるべきであり、ただ叙上の諸事実を総合考慮するならば、原告の右後遺障害につき被告が責めを負うべき範囲すなわち寄与度は右のうち二割と解するのが相当である。証人大久保行彦の証言中に被告の診療上の過失ないし注意義務違反と後遺障害との間の因果関係を否定するかの如き証言部分が存在するが、同部分も同人の鑑定の結果ならびに他の証言部分と照らし合わせると、右因果関係を全く否定する趣旨ではないと解される。

三損害

1  後遺症による逸失利益

原告は前記後遺障害により同症状固定時である四二歳から就労可能な六七歳までの二五年間にわたつてその労働能力の二〇パーセントを喪失したものとみるのが相当である。しかして、後遺症固定時である昭和五二年度賃金センサスによると、女子労働者企業規模計学歴計四二歳の年間収入は金一四九万九六〇〇円であることが明らかであるから、それらを基礎とし、ライプニッツ方式により中間利息を控除して、労働能力一部喪失による二五年間の逸失利益の現価を求めると、その価額は金四二二万七〇四二円となることが計数上明らかである。

被告は、原告が昭和五四年六月から児童クラブに勤務して一か月金八、九万円の収入を、昭和五六年四月以降は保育園に勤務して一か月金八、九万円の収入を、昭和五六年四月以降は保育園に勤務して一か月金一三万円余の収入を得ているから、労働能力喪失による逸失利益損害はない旨主張するが、原告が後遺症発生の数年後に稼働先を替えて主張のような収入を得ているとしても労働能力喪失による逸失利益損害がないとはいえず、被告の右主張は採用できない。

2  後遺症による慰藉料

右精神的苦痛に対する慰藉料は金四〇〇万円が相当である。

3  右1、2の合計額は金八二二万七〇四二円となるところ、前記のとおり被告の寄与度は二割と認めるのが相当であるから、被告が賠償の責めを負うべき額は右のうち金一六四万五四〇八円とするのが相当である。

4  診察費

その費用としてそれぞれ金一万四三六〇円、金一〇万〇六八〇円を支出したことが認められ<る。>

5  弁護士費用

本件事案の難易、認容額等を勘案するならば、本件において弁護士費用として認容すべき額は金二〇万円が相当である。

6  以上の次第で、原告が被告に対して請求できる損害額は、合計金一九六万〇四四八円となる。

なお、原告の自陳する自動車損害賠償責任保険からの受領金五〇四万円は、交通事故の加害者からの賠償金であるから、同人の損害賠償債務に充当し、被告の損害賠償債務に充当すべきではないと解するのが相当である。

従つて、右受領金は本件において考慮しないこととする。

四結論

よつて、原告の請求は、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、金一九六万〇四四八円及び内金一六四万五四〇八円に対する原告の後遺症症状固定の日以後の日である昭和五二年一一月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(小川昭二郎 一宮なほみ 小林昭彦)

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